評価でGO!ネットブログ 〜いま、現場から〜

    去る2011年9月8日に岩手県で開催された評価調査員研修にて、「地域密着型サービスの取り組み」として、社会福祉法人典人会の内出幸美さんから震災での経験を経たお話をいただきました。大きな被害を受けられた地域の方だけでなく、地域密着型サービスにかかわるすべての方に、それぞれの立場において参考にしていただけるのではないかと思い、その一部をご紹介させていただきます。(地域生活サポートセンター事務局)


    yotuba
  • [2011-12-29] 事業者からのメッセージ


    わがまちで、家と同じように暮らせる場として
    〜震災を共に乗り越え、互いに「知ること」から生まれたまちの絆、そして・・・

    社会福祉法人典人会 総所長 内出 幸美


    多くの地域に被害をもたらした東日本大震災。当法人のある岩手県大船渡市も大きな被害をうけました。法人にはグループホーム(GH)が3つ、小規模多機能が2つありますが、当時そこにはたくさんの人々が避難され、寝泊まりを一緒にし、生活を共にしました。そこで経験した、みなさんにお伝えしたいことをご紹介させていただきます。


    ◇「地域の方たちとともに、地域の暮らしの要として成長」
    −地域密着ケアホーム「平」(小規模多機能ホームとGHで構成)にて

    大船渡市の平(ひら)地区は、全壊、半壊、流された家屋も多かったのですが、当ホームは無事でした。公民館も流されてしまったため、市の指定避難所となり、大人も子どもも着の身着のままで、一時は100人にも上る人が避難して来られ、地域の人、利用者、職員みんな共同で暮らすことになりました。公民館機能として、玄関には「お知らせ版」が設置されました。支援物資が届けられ、それを事業所前の駐車場スペースで分け合ったり、「お風呂は○○でやっています」「買い物バスが○○時に出ます」などの情報発信基地にもなりました。民生委員でもあり、運営推進会議の「盛り上げ隊」隊長でもある、「平」の名物!職員が核となって住民の方たちと地域をまわり、物資が届きにくい半壊の家で暮らす方たちへ物資を届けたり、ときめ細かく情報を伝え合い、対応をしました。

    その後開かれた運営推進会議は、住民を中心に100人くらい集まる大会議となりました。備蓄を義務付けられている特養・老健とは違い、GH、小規模は義務でないため、震災時避難してこられた方へお渡しする食料や毛布などが足りませんでした。これをふまえ、災害に備えてどのような備蓄が必要か、皆で真剣に討議し、その意見を市に持っていきました。現在、ホームには倉庫が設置され備蓄ができるようになりました。


    ◇「互いに知り合ったことで、意識が変わった」
    −地域密着ケアホーム「後ノ入」(小規模多機能ホームとGHで構成)にて

    後ノ入(のちのいり)地区にある当ホームは、小規模は3年前から運営していましたが、GHは4月1日にオープンする予定でした。ちょうど3月11日は建築業者から鍵が引き渡され、建物は完成しているが入居者は誰もいないという状況でした。

    道路が寸断され、自衛隊すら3日後にようやく到着する状況で、ホームには100人以上の地域の方が押し寄せました。自宅の冷蔵庫に食料はあっても電気はなく、暗闇の中、食料を持ち寄ってテラスで焚きだしが始まりました。皆で共に過ごす中、夜になると、近しい方を亡くした人、家を失った人のすすり泣きや号泣する声も聞こえ、利用者のお年寄りも大勢の中で普段の状況とは違い混乱される方もいました。

    一週間このように過ごしていく中、地域の人々は認知症の人の介護の現場を「見ました」。「見ざるを得ない」状態でした。すると、地域の人々の意識がまったく変わってきました。認知症の人の暮らしに直に触れ、ともに過ごす中で、「同じ人なんだ、普通の暮らしなんだ」と分かってくれました。また、自分の親の行方も分からないような状況の中で、気丈に誠心誠意介護している職員の姿に、自分たちの希望を見出し、感謝の気持ちでいっぱいと言われました。その後、民生委員や婦人部の集まりは、ホームを使ってくれるようになりました。職員も今では、地域の子ども一人ひとりがどこどこの誰ちゃんと分かるつきあいになり、地域に一体となってとけ込んでいます。


    ◇家庭生活の延長という特長が生きた

    震災によって困難の日々がつづきましたが、大型の避難所と比べると、みなさん違和感が少なく過ごせていました。GHや小規模のしつらえがごく普通の家庭と同じであるため、風呂やトイレ、台所など使い易く、どこに何があるのかも分かりやすかったからだと思います。地域密着型サービスが、日々のふつうの暮らしを大切にしてきたゆえのことだと思います。家庭生活の延長という特長が力を発揮しました。


    ◇「知ること」でお互いに「変化」した

    これまでも、積極的に地域との関係を築こうと、イベントを行ったり、運営推進会議等を通して交流を図ろうと試みてきましたが、単発であったり、形だけでどこかに見えない壁がありました。どう関係を作っていくか、地域密着型サービスそのものがどうあったらよいか悶々としていた時期でもありましたが、震災という図りしれない大きな壁をきっかけに、「変化」が生まれました。

    某テレビ局が震災前と後の地域密着型サービスに対して感じたことについて、ホームですごされた住民の方へインタビューされました。震災前は「専門的な認知症を治療するところだと思っていた」「近寄り難い場所だと思っていた」「職員も近寄り難い人たちだと思っていた」「認知症への偏見があった」と思っておられたそうですが、震災を経て「認知症の人への偏見を払拭した」「職員の姿勢に感動した」「過酷な避難生活で苦楽をともにし、まさに「絆」を感じた」という声があがっていました。地域密着型サービスの暮らしはどういうものか、みなさんどのように過ごしているのか、寝食を共にして、目の当たりにして理解されたのです。まさしく、「知ること」によって「変化」したのだと思います。「知ること」で仲間意識が生まれ、「知ること」の大切さを痛感しました。


    ◇同じ目線で、同じ方向を向き、共に進む。そして・・・

    これまで私たちは地域との関係づくりの中で、「向き合う」という言葉を使ってきました。何とか向き合おうとしてきました。でも、向き合う関係は「お見合い状態」で、そこからは何も始まらないのではないでしょうか。向き合ったまま一歩進むとぶつかることもあります。同じ目線で、同じ方向を向き、一歩を共に進めば、それが本当の前進になるのではないでしょうか。お互いを知るということが、対等を生み、支えあうということにつながるのではないでしょうか。

    地域密着型サービスを拠点として、地域の子どもも、地域のお年寄りも、透析患者の方も、まちで暮らす人たちが互いに支え、支えあうことが実際に行われました。この震災という大きな困難を乗り越える中で、私たちのまちでは、寄り添い、同じ方向を向くことができたのではないかと思います。

    でも、これは過酷な極限状態だから生まれたことなのでしょうか。支えあうことを一般化するためにどうしたらよいのか。全国では地域密着型サービスがどのようにして地域拠点となるのか。向き合うのではなく、同じ目線に進むためにはどうしたらよいのか。まだ答えはでていません。それでも、このことの大切さを自分たちの体験を持って伝えることはできるのではないかと思います。答えを模索している中間報告という形ですが、私たちの経験をみなさんにお伝えさせていただきます。

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